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  • takeshi

再生と片付け①

片付けは、新しい出発ではなく既存の生活とこれからの生活をつなげて一体となっていく作業のような気がします。それは今までそこにあった家での生活、村での生活、南河内の、大阪の、日本の、世界の、地球の、宇宙の生活の続きです。なので片付けには国境はありません。片付けにおいて空間的に同一になり、時間的つながりを感じますと、私の中で亡くなった人々が蘇り「わたし」になります。そして「わたし」は「たわし」になり朽ちかけた古い木箱などをゴシゴシ磨きます。


出口教授は言います。

人間の尊厳とは「私」の、何かできる能力(考える、知覚できるなどなど)ではなくて、人間の尊厳とは「わたし」の「何もできない」「われわれ」であることです。


そこで実存的孤独という監獄から出所するのです。お勤めご苦労様ですと言われている感じは無いですけど、でも、古い一輪車を直してバリバリ使い勝手良く藁を運んでいると、いろんな人々から勇気づけられているような気持ちがしてきて、「わたし」の細胞が喜んでいるように思います。そして何かに使えるのではと、ものが捨てられず片付けのペースがあがりません。

「努力即幸福」と森田正馬は言いましたが「片付け即幸福」です。片付くかどうかは問題ではありません。


出口教授のオンライン講義はyoutubeで無料で見られます。全6回

出口康夫教授「自己とは何か:われわれとしての自己とアフターコロナ」

https://youtu.be/RBitOoWODr4


年末に森田の家で上記の講義と郡司ペギオ幸夫さんの「天然知能」(講談社)に関しての勉強会をしました。大変面白かったのでまたやりたいと思います。youtube講義是非見てみてください。


次回は、再生と片付け②に続きます。②は私の片付けの結果を出したい我が突っ走り、危うく断絶を招いてしまうところだったお話しです。

一輪車を直しました。かっこよく仕上がりました。タイヤは交換してドラムブレーキ付きホイールはそのまま移植しました。サビサビのラット一輪車ですが足回りは調整済みです。なんといってもこのカラーリングです。ザ・クラッシュのセカンドアルバム、「動乱(獣を野に放て)」仕様です。舟無しなので自分の勇気で高く積み、経験でそれをロープで縛り付けます。一向に高く積めません。目指すはネパール、インド国境越えの生活者の「積み」です。


古い木材を整理しました。長尺物はガレージの単管木材置場に4mオーバー、3m、2mと分け、1m未満はすぐ使えるように古民家に置きます。

この部屋は、木材を別の場所にしまって、木工作業場にしようとなりました。スピーカーを作りたい人、家具を作りたい人、竹細工をやりたい人、作業台で卓球をしたい人、みんなの「〜したい」が詰まってます。木工製作と卓球は共存できるのか?という問題はありますが、ケガしないよう工夫しましょう。

個人的には、ギターとモジュラーシンセのケースを作りたいです。あと、バンブーサックスと。

この「〜したい」だけが暴走すると、子供の自転車みたいに危なっかしいことになります。原動力であることは間違いないのですが、じっくり観察して工夫して、粘りを持って諦めずやっていくことが肝要だと思います。そうすると自転車と自分がひとつになり、漕いでるのか漕がれてるのかわからないが、上手に走れます。

ムカデの歩行方法の極意でしょうか。自分に言い聞かせています。



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